{精霊からの贈り物}

  今、1km(注1)ほど向こうの流氷上にアザラシがいる。
 私は風上にいるが、まだ彼には気づかれていない。
 これから匂いや気配を悟られない位置まで回り込む。
 私の銛の腕だとだいたい30mぐらいまでは近づかないと打ち込めないので、慎重に近づかなくてはならない。
 間に流氷を置きながら、できるだけさりげなく漕ぐのだ。

 もう少しでアザラシも気がつく間隔だ。さあ、銛を用意するのだ。投槍板に銛をつがえる。パドルを横に出してカヤックの安定を取りながらねらいをつける。
 アザラシが気がついた!しかし、気が小さいくせに好奇心の強い彼らは一瞬こちらを凝視する。その機会を逃してはならない。
 山なりに銛を投げあげる。銛の重さを利用して、上からアザラシに銛が突き刺さるようにする。
 当たった!
 銛の柄が倒れる。アザラシは潜る。カヤックのデッキに巻いて置いてある革ひもが見る間に繰り出されていく。
 どうやら命中したらしい。銛頭だけがはずれてアザラシの身体に残るようになっていて、銛頭には革ひもが、革ひもにはアザラシの膀胱で作ったウキがつなげてある。
 命中したのなら、あわてずまず銛の柄を回収する。
 そうしている間に、ウキが海中に沈んで行く。
 さあ、これからだ。注視をしないでできる限り広い視野を維持する。海面のわずかな変化が見えたらそれがウキだ。そしてその下にはアザラシがいる。
 海氷の白と青白い開氷面が茫洋と広がるばかりの世界をぼんやりと、しかし緊張感を持って眺める。あそこだ!海面がふと変化したところへ、あわてずに、しかし素早く移動する。ウキは再び海中に消えた。まだアザラシは元気だ。
 あせることはない。ねばり強く追い回せば、かならず彼は弱ってくる。
 集落で一番の狩りの名人だった祖父がよく言っていた。狩りはホッキョクグマに学ぶのだと。細心の注意を払い、大胆に襲いかかり、ねばり強く待つことだと。それでも手に入る獲物は決して多くはない。無駄な体力を使ってはならない。敬意を払って猟を行う者には必ず精霊が報いてくれるはずだ。
 ウキが上がってくる間隔が狭くなってきた。いよいよアザラシが弱ってきたのだ。
 海獣は絶命すると沈んでしまう。だからうまくタイミングを計ってとどめを刺さないと、せっかくの精霊からの贈り物を無駄にしてしまいかねない。
 次に呼吸のために上がってきた時がその時だ。
 上がってきた!さあ、とどめの銛を放つのだ。

 絶命したアザラシの鼻に留め具を通して、カヤックに繋げる。小さなアザラシなら後ろのデッキにそのまま載せてしまうが、少し大きいとそうはいかない。水中に浮かべたまま漕いで曳いて帰るのだ。もっと大きなホッキョクグマやセイウチや、シロイルカなどもそうして持ち帰る。狩りの仲間がいれば、その場で簡単な解体をして分担して持ち帰ることもある。あるいは、大きなカヤックを扱う一族もいて、そういうカヤックの場合は解体をしてカヤックの中に入れて獲物を持ち帰るらしい。
 それにしても、カヤックの状態は、空荷で猟場へ来る時とは全く勝手が違うことになる。重さや強烈な水の抵抗に負けないような確実な漕力が必要だ。
 また、カヤックは、獲物を曳いている側に曲がろうとする。こういう時にこそ細いパドルがものを言う。曲がる側に少し長めに持ち替えて漕げばいいのだ。長めにすることで、獲物とぶつかることも避けられる。
 ここでも辛抱だ。ねばり強く、猟場へ来た時の何倍も漕がなければキャンプへは帰ることはできない。
 しかし、今日は精霊からの贈り物がある。一族の喜ぶ顔が目に浮かぶ。私も嬉しい。

注1.イヌイット・エスキモー・アリュートにはほとんどの場合文字はありませんでした。ですから距離や方角なども一律の単位や基準は無かったと思われます。その代わり平面上の位置関係を把握する力が非常に優れていて、言語にもそのための複雑な表現が多数見られると言います。また、季節風やその影響で起きる自然現象を観察する感性も非常に強く、そういったものを頼りに氷上や海上の旅をしたようです。ここでは便宜的に単位を使って表現をしました。