{カヤックの構造と使用}

 なにしろ多種多様なカヤックとパドルですから、それぞれの構造と製作については、専門家の資料を参照してもらうのが一番だと思います。グリーンランドタイプのトラディショナルスキンカヤック制作については、詳しい解説がカヌーライフ(山海堂発行)2000年冬号と2000年春号に掲載されています(山口県のビルダー洲澤氏のワークショップを取材しています)ので、そちらも参考になるかと思います。
 ここではわたしが実際に製作(やはり洲澤氏のワークショップに1998年9月参加、製作日数16日)して使用しているグリーンランドタイプのトラディショナルスキンカヤックを中心に少しだけ解説してみます。
 まず、わたしのカヤックは南グリーンランドや、19世紀後半と1920年頃にグリーンランド南西部に見られたカヤックによく似た形をしています。グリーンランドカヤックのなかでもボリュームが少なく、喫水は非常に深くなります。
 本来グリーンランドのカヤックは、喫水が深くデッキが平らであるためいつも濡れていることを強いられるという特徴があります。とは言え、年中波の下である上に直進性が強すぎて非常に乗りにくくなるであろう直線的なガンネルラインは避け、ガンネルの外傾角を大きくして前後方向に船底のしなり(ロッカー)をつけた形です。
 次に寸法です。最大幅は腰に両拳をあてて測った50cmです。長さは最近は身長の3倍程度と言われているそうですが、最終的には好みの問題で546cmになりました。
 ある資料で「カヤックは靴のようにフィットしなければならない」という表現がされているように、コクピットまわりは非常に狭くなります。普通カヤックの最大深さはコクピット前端部になりますが、足の関節を少し逆に曲がるように訓練したとも言われるぐらい本来はきつく作るそうです。そんな特別な訓練もしていないわたしの場合、本来の寸法では乗り降りができなくなるので少しボリュームを増しましたが、それでも最大深さは21cmです。当然、乗り降りは脚をまっすぐに伸ばした状態でなければできませんし、漕ぐときもリブフレームが内部にありますので、ほぼ同じ状態を強いられます。そのため、こうしたフネの特性である不安定感はかなり大きくなります。
 ただ、少し大きめに平たく作る(幅と深さ、ストリンガーラインの関係を変える)だけでそれなりの安定感が出てくるといったように、設計によってフネの性格は変化します。グリーンランドでも複数のカヤックを持って使い分けていたという話しがあります。
 コーミングは現在は内径48cm*43cmの楕円形です。最初はもう少し大きめの卵形だったものを雰囲気重視で最近付け替えました。ところが付け替える直前に資料に再度あたってみたところ、卵形のコクピットの方が古い形であることがわかりました。グリーンランドでは帆船の部材であるマストリングという既製品を調整して使うため、円形のものが一般化したそうです。
 部材は全部で60ほどあります。基本的にはホゾ組みと動物性の糸による結束で組み上げます。最近は現地でも電動工具で加工し、金属ネジなどもよく使われているとのことですが、流木の丸太(かつてはかなり大きなものも流れてきたとのこと)を裂いて製材し、動物性の糸で組むとより強度と柔軟性のあるカヤックができるそうです。
 ところで、よくスキンカヤックは柔構造によって波を受け流すと言われますが、グリーンランドカヤックに限って言えば、相当しっかりしたつくりなので意外にしなり感は少ないのが実態です。一方、アリュートカヤックやユピックエスキモーカヤックなどの場合、部材の組み方や結束に独特の工夫があり、しなり感は比較的強くなります。
 スキンはどの地域でも現在は主にコットンキャンバスが使われています。現地でも材料調達の問題が第一にあると思われますが、とくに日本のような湿度の高い温帯地方ではコットンキャンバスでさえカビるので、本格的に皮など使うとどうにも手入れができなくなりそうです。国内外を問わず化繊のキャンバスを使うビルダーもいます。
 コットンキャンバスには塗装をしますが、グリーンランドではペンキの厚塗りが普通で、メンテナンスの際にはさらに塗り重ねるため、それだけでかなりの重量増になってしまうそうです。
 その他の構造的な特徴としてはスケグ(ステアリングフィンとも言うそうです)があります。現在のグリーンランドでも一部のカヤックで使用されていますが、その起源は1867年までさかのぼることができます。わたしのカヤックの場合、前後方向のロッカーによって回転性が強めになってしまったので、資料にあったものを真似てスケグを試したところ程良い回転性と直進性を得ることができるようになりました。
 ちなみに、アリュートカヤックにはラダーまであったとのことです
 カヤック文化を持つ地域ではだいたいどこでも、カヤックは兄弟か自分の分身のようなものだと言われているそうです。自ら作ったカヤックを自ら乗りこなすという意味はもちろんですが、わたしは、カヤックそのものが敏感で乗り手の健康状態や精神状態を非常に強く反映しますし、木の骨組みと皮一枚だけで海の上にいると自分とカヤックを信頼するしかないので、そう言われるのではないかと考えるようになりました。

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