{おわりに}

 本来、トラディショナルカヤックやパドル、それとパドリング法は、それだけ独立したものではありません。はじめでも述べましたように数千年の歴史と数千キロの道程を歩んできたアリュート・イヌイット・エスキモーの人々が過酷な自然環境の中でつい数百年前まで育んできた文化のごく一部に過ぎません。
 カヤックやパドルやその扱い方をちゃんと理解するためには本当はそうした歴史的・文化的な背景も理解する必要があるのです。
 グリーンランドでさえ地方によってはずいぶん異なった形のカヤックやパドルが、かつて存在していたと言われています。ここで「かつて」と表現したのは、最近のグリーンランドのスキンカヤックをめぐる実情は、2年に1度のナショナル・カヤック・チャンピオンシップを目ざすスポーツ的な志向に変化し、歴史的資料と対比するとかなり平均化が進んでいると言われているからです。伝統文化とは言っても実生活に関わりのないものは、次第に淘汰され特定の人々の中にのみ生き残ることになっていくのが運命なのでしょうか。
 グリーンランドには25ほどカヤッククラブがあるそうですが、残念ながら西部と東部の行き来にはかなり高い交通費を払う必要があるという現実や、スキンカヤックそのものに価値が認められなくなってきている中では一部の大都市のクラブ以外は縮小の一途をたどっているとのことです。
 私は数年前、グリーンランドを訪問しスキンカヤックの製作を行なってきた平田氏に、「グリーンランドを類型的な目で見るのは、日本を欧米人が類型的な目で見るのとさほど変わりがない」旨の指摘をされてしまいました。それ以来手に入る限りの文献を読みあさってきましたが、いまだにアリュート・イヌイット・エスキモーの歴史と現実の認識を改め続けています。
 初めてこのページを作ってから1年半。ほんの少しだけ歴史的・文化的背景を知ることができ、今までの記述の問題点をこの度大幅に手直ししましたが、もちろん十分ではありません。
 わたしの師事したトラディショナルスキンカヤックビルダー山口県の洲澤氏も、自らパドラーとしてトラディショナルなパドリングの考察をされ続けておられます。とくにシングルパドルとダブルブレードパドルの関係やバーチバークカヌーとウミアック・カヤックの関係についてはユニークな持論を展開されています。
 失われつつあるものや技術を発掘し維持していくのは、どんな場合でも大変な努力が必要です。
 わたしも、単に遊びというだけでなく、こうした歴史的な物事に関わることができているという、そういう自負とこだわりが楽しいと思っています。
 専門の研究者でもない私の駄文におつきあいいただきまして大変ありがとうございました。

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{参考文献}
SKINBOATS OF GREENLAND / H.C.Perersen
QAJAQ / David W.Zimmerly
BAIDARKA / ジョージ・B・ダイソン徳吉英一郎訳
Greenland Technique from the Source : Lessons Learned from Maligiaq Padilla / Greg Stamer
Greenland Style Paddling-An overview / Brian Day
John Heath's Response to London Times / John Heath

{参考ビデオ}
QAJAQ KLUBBEN / John Heath
GREENLANDERS AT KODIAK / John Heath
AMPHIBIOUS MAN / John Heath
ROLLING WITH MALIGIAQ / John Heath
*いずれも山口県在住のトラディショナルスキンカヤックビルダー洲澤氏経由で手に入ります。
連絡先/〒750-0441山口県豊浦郡豊田町中村624 EL COYOTE 洲澤 育範
    0837-66-1014

洲澤育範氏、柴田丈広氏、平田文典氏、高橋浩子史、みなさんには貴重な体験談を聞かせていただいことを感謝します。