{カヤックの変遷}

 一口にカヤックと言ってもその種類や形は非常に多彩です。
 研究者としてH.C.ピーターセン・J.D.ヒース・D.ツィマリー・J.ダイソンといった方々が有名ですが、例えば、現在一番手に入れやすいD.ツィマリーの著書「QAYAQ」ではシベリヤからベーリング海峡を挟んでアラスカ西部とアリューシャン列島という限定された地域でさえも7地域14種類(図-2はその一部です)の分類が行われています。
 更にカナダ北部からグリーンランドに至るまでの広大さを考えるとその多様性は容易にご想像いただけると思います。
 とくにシベリアからカナダ北東部までには、長さ9m以上幅40cm足らずというものから長さ3m足らず幅70cm足らずというものまであり非常に多様です。もちろん形も一様ではありません。
 グリーンランドの場合、比較的一定の形を認めることができますが、それでも長さは6mを越えるものから5mを切るものまであり、デザインは細く長く平たいものから比較的短く太めで船首や船尾にはっきりとした反り上がりをつけたものまで様々です(図-3はその一部です)。
 こうした多様性は気候や生活様式・道具の使用目的の違いなどによって生じたのはもちろんのこと、時代や地域による流行のようなものもあったようです。アリュートのように、ロシア人からの隷属によって交易用の獲物の大量捕獲を強制されたことで、カヤックが著しく変化した例もあります。
 また、総じて乗り易さは追求されなかったた 
め、その操作には熟練を要し、かつては幼少から平衡感覚はもちろん柔軟性を始めとした多くの訓練を行なっていたという記録が残されています。
 ここでひとつの例として「アリュートタイプカヤック(図2の最上段と2番目)」と「グリーンランドタイプカヤック(図3全体)」を比較してみます。
 「アリュートタイプカヤック」は、大洋に面したかなり激しい海況の中を大きな船団を組んで遠征し、獲物を解体してフネの中に入れて運搬したため太めだったという解釈があります。
 太めというと鈍重で風や波の影響を受けやすいように思われがちですが、随所に耐航性を高める工夫が見られます。キールを持つデッキは波をかぶったときの排水性に優れ、丸太に近い断面形状のボトムは不安定ではあっても巡航性を高め、水線長方向のロッカーはカヤックに程良い回転性を与えます。さらに、不安定感を補い、巡航性能を高めるためにバラスト(船底に入れる20kg程の石)をコクピットの後ろに積みました。そして、コクピットが中心より少し後ろにあるため、バラストを積むとバウ側が軽くなり、波を越えやすくなる効果も生じました。
 一方、「グリーンランドタイプカヤック」は、獲物はデッキ上に載せるか牽引して運搬し、フィヨルドの中の比較的穏やかな海をかなり高度なサバイバル技術によって旅を続けたので細めだという解釈があります。
 デッキが常に波をかぶるほどボリュームを落としたカヤックは、実に静かに進みます。海面すれすれのカヤックは、獲物からは見えにくく、波を越えるのではなく突っ込み切り裂いて進むのであまり音をたてません。静かに獲物に近づき、モリを打ち込んだ後、モリ頭につなげた浮きを引きずりながら逃げる獲物が弱るまで、素早い動きで追いかけ続けると言ったイメージでしょうか。また、このタイプのカヤックは必然的に安定性に欠けるため、多くのリカバリーやロールの技術を必要としました。
 この二つの例でもわかるように、多くのタイプのカヤックのそれぞれが、違った思想で作られたであろうことが窺われます。
 加えて、重要なのは、多くのイヌイット・エスキモーの場合、ウミアックと言うオープンデッキカヌーの存在を欠かすことができない点です。
 かつてのイヌイット・エスキモーは、基本的に小さな家族単位で季節移動をしていました。食糧事情の厳しい冬期はそれぞれの猟場のベースキャンプに家族単位で分散して暮らし、夏になるとある程度かたまった部落を形成しました。その移動の際カヤック船団の核になるのがウミアックです。生活に必要な道具類はカヤックではなくウミアックに載せ、カヤックに乗れない子供や老人を乗せて主には女性が漕ぎました。
 ウミアックそのものについて言えば、いまだに巨大なクジラ猟に使っているエスキモーもいますので、その航海能力は相当高いもののようです。

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